「砂漠にも雪を降らせることができるかもしれない」そんな一冊を読み終わった感想文である。
1.砂漠へと向かう
2.砂漠
1.砂漠へと向かう
著者は伊坂幸太郎。
仙台のとある国公立大学の法学部に在籍する生徒5人を中心に描かれる青春小説。
主人公の名前は北村。本人も自覚する鳥瞰型の人間であり、そのどこか冷めた視線から話が展開されるため、個々人の性格が際立ってみえる。
大人しいが半端ない超能力を持つ女性である南。大多数の人間には理解できないであろう自らの信念を持つ強烈キャラだが、どこか憎めない西嶋。まるでモデルのような美貌を持ちながら、他を寄せ付けないツン系女性の東堂。の東西南北の4人と、典型的な大学生ノリを体現する鳥井の合わせて5人。
4年間と四季を対応させ、1年生の春、2年生の夏、3年生の秋、4年生の冬、とそれぞれ独立した話が描かれる。
その中には合コンに挑戦する話や、超能力者とリアリストな学者の対立に躍起になる話や、ひょんなことから刑事事件に巻き込まれる話など、大学生といった時間を持て余す日常と、不意にやってくる非日常と向き合いながら、社会という砂漠に旅立つまでの5人の4年間がありありと描かれている。
なんてことのない大学生活が描かれるわけだが、だからこそ名著と評されるのだろう。なぜなら、
なんてことのない大学4年間を、砂漠へ足を踏み入れるまでどのように過ごすか
という問題提起がなされているように思えるからだ。
メインである5人の他にも、様々な学生、社会人が織り交ぜられながら話が進むわけだが、当然砂漠をどう捉えるか、砂漠をどう生きるのかも各人によって違っている。
舞台はあくまで5人の大学生活だが、随所に見え隠れする砂漠という広大な現実が、否応なしに時間という制約を主人公に、そして読者に思い起こさせる。それは砂漠へと旅立つまでの最後のモラトリアム(オアシス)をどう生きるのかという大学生の至上命題を眼前に突きつけてくる。
しかし、そのメインテーマには明確な答えを用意せず、伊坂幸太郎お得意の伏線回収とテンポの良い会話で物語を成り立たせている。
実際、主人公たちは特別な力を持つわけでもないので、平凡だが特別な思い出を堪能した後は、無情にも砂漠へと旅立っていく。そこには大学生活4年間をどう過ごしたかなど意に介さない無機質な時間という存在が、まるで主人公たちを飲み込んでいくように感じられる。
では、その姿を見て私たちは何を感じるのか。
どう4年間も過ごすのか。
その形は、小説という起承転結が綺麗に用意されている代物でも、決して定められなかったモノなのである。
つまり、どう過ごそうが最終的には砂漠へと旅立たなければならない。
ということである。
この作品は、まだ初代スマートフォンが世に出始めた頃の時代背景であるため、SNSが作品に絡むことはない。だからこそ、他者と自分を安易に比較して自ら迷宮に突き進んでしまう我々が参考にするべき姿勢が、存分に収められていると言えるのではないだろうか。
前述の通り、メインキャラクターたちは親友と呼べる間柄として描かれるが、その性格や個性は誰1人として重複しない。各々が各々の大学生活を過ごしている姿が見て取れる。4年間という道中で出くわす時々の問題に四苦八苦し、これで正解なのかという葛藤を抱えながらも、大学生として成長をしていくのである。
そこには他者との比較による成長など存在せず、自堕落でも、意識が高くとも、各自が自分なりに選択した答えの中で成長を重ねている。
どう過ごそうが時間は等しく、そして限りのあるものである。他者が過ごす生活を模範解答と決めつけて自分に当てはめたところで、砂漠が否定するわけでも、ましてや褒めてくれるわけでもない。
言ってしまえば、砂漠の中でこそ答えのない中で奮闘しなければならない。
主人公たちのように麻雀に明け暮れる日があっても、刑事事件に巻き込まれることがあっても、その過ごし方に正解も不正解もない。
答えのない砂漠に飲み込まれないよう大学生活で求められるのは、自分自身で砂漠への道を選ぶことなのである。
2.砂漠
筆者の周りでも、将来を見据えて現実的な動きをする人が増えてきた。遊んでいた友達と予定が合わなくなるのも、先輩が大変そうに生活しているのも、その姿を見る度に自分にもその時期が差し迫っていることを実感する。
私たちに残されている旅立ちまでの猶予は、そう長くはないのかもしれない。
刻一刻と変化し続ける砂漠は、時に人を迷わせ、孤独に陥れることもあるだろう。しかし、必死に立ち向かえば、いつか学生生活などと比較にならないオアシスを見つけることだって、きっとできるはずである。
それでも砂漠へ旅立った後私たちは、方角も分からなくなり、友人たちと疎遠になり、恋人と別れ、思い出も色褪せ、それでも過去に縋ろうとして、過ごしてきた日々を後悔してしまうのだろうか。
いや、
なんてことはまるでない、はずだ。